手元のタバコの表示を見ますと、「喫煙者は脳卒中により死亡する危険性が非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります。」とあります。
この文の意味は不明瞭です。即ち、「1.7倍に高まる」のか、或いは高くなる部分が1.7倍とすれば元の1を加えて「2.7倍に高まる」のか、曖昧です。厚生労働省のHPで確認したところ、前者であることが判明しました。
通常の日本語なら「1.7倍です。」で終わるべきところ、タバコの害を強調する為に「高くなります」という表現を加えることにしたのでしょう。
その結果、「2.7倍」と受け取られる可能性を残してしまったものの、どうせタバコの害を強調するなら多い方に取られる誤解があっても良い、という割り切りがあるように感じられます。何れにせよおかしな日本語です。
1.中国語の表現
問題点が明確になるよう中国語の表現を見てみましょう。
例えば二倍に増えることは「加一倍」、即ち「一倍分増える」と表現します。三倍なら「加両倍」、四倍なら「加三倍」です。
ただ最近は、そのような表現は紛らわしいので三倍なら「成為原量的三倍」が標準となりつつあります。これなら「元の量の三倍になる」と、明確です。即ち、「加」(増える、高くなる)に代えて、「成為」(〜になる)を使うようにしています。
冒頭の「非喫煙者に比べて約1.7倍高くなります」という表現のおかしさは、外国語に訳そうとすれば明らかになります。「非喫煙者の1.7倍です」という正しい表現に直して中国語に訳せば、「是非喫煙者的1.7倍」となります。「是」は英語のbe動詞にあたるもの、「的」は日本語の「の」です。
2.半沢直樹の台詞
TBS日曜劇場で今年9月22日まで放送された「半沢直樹」。「倍返しだ」の決めぜりふが大流行。サラリーマンが受け狙いで多発するどころか、「倍返し饅頭」まで登場しました。
この「倍返し」とは「二倍にして返す」の略です。「半沢直樹」は中国でも注目を集めました。中国語訳では「加倍奉還」、即ち「一倍を加えて二倍にして返す」としています。
半沢直樹は「十倍返し」とも、最終回には「百倍返し」とも言いました。このように「倍」の前に数字が置かれる場合、本来の中国語原理からすればその数字から元になる「一」を引いて「加九倍奉還」(九倍分を加えて十倍にして返す)、「加九十九倍奉還」(九十九倍分を加えて百倍にして返す)となるべきところ、実際はこのような表現はしません。
「以十倍奉還」、「以百倍奉還」とします。現代社会では数字を用いる事が多く、中国では紛らわしさを避ける表現が選ばれているのです。
3.放送の表現
日本のある公共放送の取材番組で、婚約者が癌で亡くなり、残された男性の墓参りについて「永遠に訪れ続けます」とナレーションを入れていました。
「永遠」。こんな大げさな表現が許されるのでしょうか。人の生に限りがあることは生物学を学んでいない者でも知っています。死後の世界を視野に入れている可能性も残りますが、宗教観に左右される死後の世界について公共放送が言及するはずもありません。
普通の表現であれば、「命の続く限り」とか「生涯」です。「永遠」という表現には冒頭に掲げたタバコの害を訴える「高くなります」を加えたものと同じ思想を感じます。言葉は正確であればあるほど伝わる力が高く、伝える内容も風化しません。適度な形容を越えた大げさな表現は、真意を伝えるどころか逆効果です。
4.時事通信の例
「富士重工業が25日発表した8月の国内生産は前年同期比15.5%増の4万3052台と8ヶ月連続で前年実績を上回った。(途中略)同月の北米での販売台数は43.4%増の4万4400台だった。」
前年比の増加比率を明示した上で増加後の総量を明記。無駄な装飾はなし。これが報道の王道です。
特定の意図を以て強調した表現を企てるのは市場経済の常道ではありますが、過ぎると怪しさが加わります。政府が管轄するタバコ事業においてはやめてもらいたいものです。
第40話終わり
写真1:タバコの表示
写真2:堺雅人演じる半沢直樹(日経ビジネス2013.9.23「常識覆す5つの法則」より)
写真3:倍返し饅頭(同)