世界四大文明の発祥地は、何れも大河流域に位置しています。
それらの地域では文明発生の頃、気候の乾燥化が始まり周辺から河川流域に人口が流入し労働力が供給され続けた結果、都市が国家に発展し、それが文明になったのではないかという説を聞いたことがあります。
B.フェリガン著「古代文明と気候大変動」を読みました。近年の科学技術の進歩から、古代の気候変動が一年刻みで明らかになり、文明の盛衰が気候変動によって大きな影響を受けていることが解ります。
この書はヨーロッパと南北アメリカに焦点を当てていますが、舞台を中国と日本に置き換え、共通の気候変動を幾つかの歴史上の出来事と照らし合わせてみましょう。
1.文明の始まり
紀元前3800年頃、地球の気温がやや下がりメソポタミアの降雨が減ります。人々は水が豊かなチグリス、ユーフラテス川の流域に移動し、運河を掘り、灌漑用水路をめぐらして農地を開墾しました。
灌漑地域は広がり、人口が増え、中心都市が発達し、文明が生まれました。紀元前3500年頃には早くも文字の使用が始まります。都市への集積が一気に進み、社会が複雑化した為と推測されます。
紀元前2200年頃、北半球のどこかで大規模な火山噴火があり、灰が太陽光をさえぎりました。
278年間の干ばつの始まりです。北方の遊牧民アモリ族は水や食糧を求めて川沿いに南下し、これを防ぐ為に当時メソポタミアを支配したウル第三王朝は「アモリ族撃退壁」という長城を築きますが、飢餓が深刻化し王朝は滅びます。
2.黄河文明の始まり
火山灰による太陽光の減少は黄河流域にも影響を及ぼし、黒陶文化は壊滅します。
やがて気候が回復するにつれ人口が増え始め、不順な天候の夏の後にやってくる遊牧民の襲撃を防ぐために黄河中流域では城壁で囲まれた都市に集住するようになりました。黄河文明の始まりです。
都市ができ、都市国家になり、それらを束ねる王朝ができました。紀元前1世紀に書かれた歴史書「史記」によれば、中国最初の夏王朝の家系は滅亡まで471年続きました。
河南省の二里頭遺跡は、紀元前1800年から前1500年まで300年間この地に都市があったことを示しています。次の商王朝の開始が紀元前1600年頃とされていますので、夏から商にまたがる遺跡です。文字が使われ始めるのは商の時代です。
3.周王朝の衰退と弥生時代
商の時代は概ね温暖でした。穀物は豊かに稔り、余剰穀物を利用して酒が醸され、飲酒が盛んでした。豊かな社会を背景に高度な青銅器文化を残しています。しかし気候変動は無情です。
紀元前11世紀、押し寄せる遊牧民との戦いに消耗していたところ、外征中に西辺に居住していた半農半牧の周に背後を襲われ滅亡します。周王朝の始まりです。
二百年後の紀元前9世紀、またもや寒冷化が始まります。紀元前8世紀にはモンゴル高原が乾燥を始め、遊牧民は牧草や食糧を求めて周の領土を度々侵します。
紀元前771年、周王室の内紛に遊牧民犬戎(けんじゅう)が介入し、王が殺されます。周の権威は落ち、有力国が覇を競う春秋戦国時代になります。
この寒冷化と乾燥化は麦作地帯を南へ、稲作地帯も南へ押しやり、人口移動の玉突きを引き起こしました。稲作農民の一部は日本や朝鮮半島南部へ移住しました。弥生時代の始まりです。
4.不安定な気候
西暦535年、ジャワ島とスマトラ島の間で大規模な火山噴火が起こりました。火山灰が北半球に広がり、急激な気温低下と乾燥が始まります。中国は南北朝時代です。
北を支配した北魏は前年に滅び、東魏、西魏に分裂、更に各々が北斉、北周に代わられ、589年に隋が中国全土を統一するまで混乱が続きます。
短命に終わった隋の後に誕生した大唐帝国が滅んだ原因も気候不順です。
その後10世紀中旬から13世紀の四百年間は、気候が現代のように温暖で安定しました。西暦960年には宋王朝が成立。石炭火力の利用が始まり史上空前の物質に恵まれた繁栄がもたらされます。
日本では藤原政権がこの世の春を謳歌します。12世紀は平家が日宋貿易を独占して栄華を誇り、13世紀は鎌倉時代です。
1239年、モンゴル族が中国全土を支配下に治め元朝を建てますが気候変動により短期に終わります。14世紀、小氷河期が始まったのです。
ヨーロッパではペストが大流行し人口の半分が死に絶えました。日本は南北朝に分かれた混乱の時代です。
これ以降、19世紀半ばまで気候変動の波がある時代を迎えました。ナポレオンのロシア遠征も急に訪れた寒波で挫折したのです。
幸い、その後現代に至るまで安定した気候に恵まれています。或いは気候に恵まれたが故に現代の地球規模の経済発展が実現できたのでしょう。
5.現在の温暖化
文明が栄え、穀物栽培が可能な土地が全て耕作され、得られる穀物で養えるぎりぎりまで人口が増えた場合、その文明は気候変動にもろくなります。
突然雨が降らなくなり、或いは穀物が実らない冷夏が訪れ、それが何年も続けば、あっという間に文明は崩壊します。
現在、二酸化炭素排出量が原因かどうかは解りませんが、地球の温暖化が進んでいます。
上述の著書によりますと「グリーンランドの氷床が解けて、大量の融解水が北大西洋に流れ込めば、海のベルトコンベアーと呼ばれる巨大な海流が停止し、ヨーロッパは極地に近い気候になるとも予想されている。」そうです。
大量の難民、世界の混乱、文明の崩壊・・・。心構えだけでも持っておきたいものです。
つづく
写真上:尾根から海に向かって伸びる長城(山海関S.A.より)
写真中:エジプト古王国時代末期のピラミッド(“CHINA DAILY” NOV.13,2008)
写真下:中国政府が開発した冷夏に強い多収早稲(遼寧省)