北京オリンピックが終了しました。規模もさることながら、112年前に欧州で始まったこの行事が、アジアで開催されるのは東京、ソウルに次いで三回目という点でも意義深いものがありました。
北京オリンピックのスローガンは、「同一個世界、同一個夢想」。英語では「One World, One Dream」。日本語では英語に引きずられて「一つの世界、一つの夢」と訳す人が多いようですが、「一つの世界、共通の夢」という訳がしっくり来ます。
1.スローガンの意味
北京オリンピック組織委員会の劉主席が「北京オリンピックの三大理念(環境に優しい・科学技術・ヒューマニズム)と中国や北京の特色、そして時代の特色を反映させている」としています。
「中国や北京の特色」とは中国四千年の歴史と北京の成り立ちを指したものであり、「時代の特色」とは、中国経済が世界の動向を左右する規模に達し、国際政治での発言力が高まっている現状を意識したものであろうことは容易に理解できます。
そんなことから、「一個世界、一個夢想」でも良いところ、「同」を加えて強調する点に中国が抱いている現在の夢を世界に共有させようという意図を感じることも可能です。
2.世界の中心
少なくとも有史来、中国は一貫して世界人口の三分の一、ないし四分の一を占めてきました。モンゴルがユーラシア大陸を横断する地域を支配した13世紀は、「新大陸発見」の前ですからユーラシア大陸とアフリカが「世界」の全てでした。
中国を支配したモンゴル人が中国を世界の中心と考えることは当然のことでした。それは元朝の首都の命名に表れています。
即ち、大都と名付けたのです。固有の地名を超越した名称、普通名詞「都」が固有名詞になった都、即ち「世界の中心の大いなる都」を意味したのです。
3.「大都」の継承
元の後、漢民族による明王朝が建てられます。明も世界帝国を意識し、永楽帝は大都と呼ばれた都市を北京と改名し首都とします。「京」は首都を表す普通名詞ですから、世界に一つの中心を意味しています。
単なる「京」ではなく「北」が付いているのは、南にも形式上の都「南京」があったからです。
北京は、清、そして現代中国にも受け継がれます。ただ、中華民国時代、南京を首都と定めた期間は「京」の文字を外して北平と改名されました。「京」の持つ重い意味を意識してのことに他なりません。
4.結果良ければ全て良し
概念として世界の中心を意味する「京」で開かれるオリンピック大会は、中国の人々にとって現実の世界の中心への回帰を意識させます。
東京オリンピック後の日本、ソウル後の韓国の高度経済成長を先例とし、中国はこのオリンピックを世界史に君臨した偉大な中国復活のステップと捉えてきたのです。そんな大きな意義を持った大会ですから失敗は許されません。
開催が決まってから強引な立ち退きを伴う都市整備、道路拡張、鉄道建設が行われました。開催の一ヶ月前から道路通行規制が行われ、市民の足への影響は少なからずありました。消費物資の輸送、販売にも影響が出ました。
一般市民の日常生活よりも大会成功を優先する政府の姿勢に反発する市民の声も高まりました。
しかし大会開始と共に市民の不満は消えていきました。見事な開会式と中国選手の活躍が「中国人」としての意識を高揚させ、中国の発展を実感させ、現実の世界の中心への回帰を想起させたのです。政府の狙いは的中です。
5.信用される大国へ
国内政治の観点からは成功と断言できる今大会ですが、世界の評価は様々です。マスコミ規制、中国各地から窮状を訴えるため上京した直訴者、とりわけ四川大地震の被害者の身柄拘束は評判を落としました。
これ以外にも「開会式をめぐっては、少女の歌が「口パク」だったほか、テレビ放映された巨人の足跡を表した花火の映像は合成だったことが判明。少数民族代表の子供が漢族だったことも明らかになっている。」(8月18日時事速報)
「音楽総監督を務めた陳其鋼も「口パク」については「政治局指導部がわれわれに意見を出し、(別の少女の声に)変えるよう命じた。仕方なかった」と中国メディアに語っている。」(同上)
五輪成功の為にはなりふり構わぬ政府の姿勢を如実に物語る事実の数々。物事には表と裏があります。表をつくろうこともあります。
しかし度が過ぎると信用を失います。今後、世界の中で重要な地位を占めて行く上で、政府がまず手本を示すことが大切です。
つづく
写真上:五輪開幕を伝える産経新聞
写真下:スローガンの書かれた天津空港ターミナルビル