今年(2007年)11月、唐招提寺金堂の平成大修理も終盤に近づき、屋根の一般公開が行われました。全長35メートル、幅24メートル、高さは7メートル。工事用の作業台から間近に見ると、瓦の重量感に圧倒されます。
奈良時代に建てられてから四度の大規模な葺き替えと修理を行い、今まで維持されてきたこと自体が感動です。金堂のみならず講堂、二つの校倉造りの蔵も奈良時代の建物です。
同寺を創建した鑑真和上は苦難の末、唐から仏教後進国の日本に正式な戒律を伝えました。日中友好の象徴として1982年には趙紫陽首相も同寺を訪れましたが、中国人観光客はまばらです。
1.新しくない
世界最古の木造建築である法隆寺とて一般的な中国人の感動を呼ぶことはできません。たかだか千四百年前に中国の寺院をまねて造っただけのもので、それより古いものは幾らでも地中から出てきます。潰れたらその上に更に立派な伽藍を建て直してきました。
ちょっと前まで北京の街はどこでも、大通りから胡同(こどう)と呼ばれる狭い路地に入ると灰色煉瓦でできた平屋建ての四合院住宅が並んでいました。今は拡張された立派な道路で区画され、オフィスビルやホテル、ショッピングセンターに姿を変えています。
三十年前に建てられたアパートでも取り壊すのに、百年や二百年も前の建物が惜しいはずもありません。新しい立派な建物が建つのですから。
2.大きくない
世界最大の木造建築である東大寺大仏殿とて中国人の感動を呼ぶことはできません。
北京にはかつて皇帝が住んだ故宮があります。南北1キロ、東西800メートル、その中に約千の建物が整然と並びます。大きいと言っても主要な建物が一つでは勝負になりません。しかもそれが木造である必要などどこにあると言うのでしょう。
3.赤くない
故宮の壁は赤く塗られています。建物も赤です。中国で赤は魔よけを意味しますから、古くなって色あせると真っ赤に塗り直します。
日本でも中国の影響で仏教寺院は赤く塗りました。ところが色が褪せてもそのままです。法隆寺も東大寺も塗料はすっかりはげ落ちています。建築そのものは大切にするのに、どうして赤く塗り直さないのでしょう。理解できません。
4.自然が残る
故宮に一歩足を踏み入れると地面は隙間無く灰色煉瓦が敷き詰められ、一木一草ないことに気が付きます。赤く塗られた壁、建物の上には瑠璃瓦。全て皇帝が造ったものです。自然をも超越する皇帝の偉大さを誇示しているように感じます。
ここに立ち入ることを許された高級官僚も、外国の使節も、その威圧感に圧倒されたはずです。
法隆寺も東大寺も木々に囲まれています。むきだしの土が見えます。まるで山奥か田舎の村はずれに行ったような、わびしい感じがします。
5.時代の流れ
中国人の感動を呼ぶものは中国にない新幹線であり、中国より高いビルであり、集積した都市環境です。或いは東京ディズニーランドやUSJなのです。
現代中国人は誰もが競って豊かさを求めています。科学技術を注ぎ込んだ新しい物、大きな物、派手な物が良い物なのです。誰もが肩に力を入れて生きています。しかし人は肩の力を抜くことも必要です。
無為自然を説く老荘思想は、孔孟思想を「有為人工」としてこれに対立する概念としてまとめられたものです。経済成長が一段落すれば、日本の良さを違う角度から理解する人も増えることでしょう。
上海の西に蘇州という古都があります。街を水路が巡り、白壁と黒い瓦屋根の建物が並び、新しい建物も街並みに調和する白壁と黒い瓦を基調にしています。私の好きな街です。
つづく
写真:唐招提寺平成大修理パンフレット