まだ改革開放経済が始まって7年余りの1986年、道端の露天の自転車修理屋の純朴そうな老人。「留学生に頼まれて、この中古自転車を調達してきたのにキャンセルされたんだよ。誰か買ってくれる人はいねえかなあ。ああ、困った、困った。」
真に受けた私が知り合いに当たっていると、「あの爺さん、最初言ってた価格の倍をふっかけたんだよ。君だけじゃない、他にも頼まれた奴がいる。爺さんは前にもそんなことをしてるし、ほっといたら。」と教えてくれました。
稼げる時に取れる人から手っ取り早く稼ぐ、こんなたくましい人が当時既に存在したのです。
1.市場経済の始まり
1978年、改革開放経済が始まりました。先ずは農民に自留地を与えて自由に作物を作らせ、青空市場で売ることを認めました。間もなく農民が農地を借りて生産を請負うようになり、農業の個人経営が復活しました。
共産主義経済の基礎を成した人民公社(集団農場)の解体が始まったのです。
農民は儲かる物を作ります。穀物のみならず野菜や果樹栽培に力を入れる者も出てきました。農民のやる気を引き出すこの方法で農業生産が増え、慢性的に不足がちであった食糧に余剰が出るようになりました。
するとそれを飼料として養鶏や養豚を行う農民も出てきました。「先に豊かになれる者から豊かに」というのが当時のスローガンでした。
食材が豊富になれば調理という付加価値を付けて儲けるのが市場経済というものです。それまではホテルや国有のレストランしかなかったのに、90年を過ぎると街のあちこちに個人経営の料理店ができ始めました。
2.市場経済の進展
「食」が満ちたら、次は「衣」と「住」です。90年代を通して紺や緑の人民服は見かけなくなり、自由な服装が一般的になりました。不動産会社による郊外の別荘販売が始まり、やがて市街地の再開発でマンション建設も始まります。
家具屋も爆発的に増え、大きな店舗が次々とできたのは90年代半ばです。今世紀に入ると持ち家としてマンションを買うブームが始まりました。住宅は国から支給してもらうものではなく、個人で買うものになったのです。
こうして改革開放経済開始からまもなく30年、あまりにも急激な経済成長はひずみをためています。
3.ブランド志向
中国人は、ひとの物を見ると価格を尋ねる癖があります。「高価な物は良い」という単純な価値観がその根底にあります。虚栄心が強いことと相まってブランド崇拝が蔓延しています。
少し経済的に余裕ができると競って高級品を身につけ、高級車に乗ります。そんな人たちは庶民から尊敬されます。この風潮が拝金主義を助長します。
4.汚職
許認可権限は汚職の温床です。上海市のようにトップ(共産党書記)が摘発されることも珍しくありません。連日の報道に市民もあきらめ顔です。
共産党では政治への信頼をこれ以上失墜させるのは政権基盤にかかわるとの認識を示し、例えば上海市共産党規律検査委員会はこれら汚職幹部を反面教師としたビデオ教材まで作成しました。
権力を金に変えることは容易ですので、その誘惑を如何に絶つか、モラルに訴えると共に死刑を含む厳しい刑事処罰で臨んでいます。
5.不動産バブル
マンション価格が高騰を続けています。ここ5年で3倍や4倍に値上がりした物件はザラです。新規物件は更に高価です。マンション投機をする人たちの多くは、コネや賄賂を使って銀行から融資を引き出します。
海外からの迂回資金も流入します。JETROの発表によると、今年(2007年)上半期に海外から中国の不動産に投資された金額が昨年同期比で2.4倍。
政府の規制にもかかわらず、海外からの資金流入が益々太くなっていることが確認されました。海外からの製造業に対する投資が減少に転じているのとは対照的です。
6.証券バブル
権力やコネのない人は、株式投機に励みます。株価は驚異的な値上がり傾向を示しています。「中国の証券市場規模は日本を越えた」などと自慢げに言う人がいます。彼らはバブルがはじけることを知りません。株価が下がるとすかさず買いが入ります。
中国政府はバブル沈静化にやっきです。取引にかかる印紙税を上げましたし、人民銀行(中国の中央銀行)が今年は9月までに5回の利上げを行いましたが効果が見えません。米国の住宅ローン問題が世界の株価を押し下げましたが、すぐに最高値を更新です。
7.政権の目標
中国では共産党の一党独裁政権下にこの30年の経済成長を実現しました。戦後、高度経済成長を成し遂げた韓国、台湾、シンガポールなどと同様、政治の自由がなかった代わりに意志決定が容易で、一貫した政策を採れたことが最大の要因です。
今年2007年、天津市経済開発区中心街の広告塔に掲示された政治スローガンには次のように書かれています。
「深入学習実践社会主義栄辱観」(社会主義の正しい考え方を深く学習し実践しよう)
「大力加強公民思想道徳建設」(公民思想道徳の建設に力を入れよう)
「構建社会主義和諧社会精神支柱」(調和のとれた社会主義社会の精神支柱を打ち立てよう)
胡錦濤政権は、安定した共産党政権の基で市場経済を導入しながら調和の取れた社会を実現しようとしています。これを三行目で「社会主義和諧社会」と表現しています。
8.「和諧社会」の意味
急激な経済発展に取り残された人々は不満を高めています。貧富の格差は社会不安を引き起こす危険水準に達しています。この上バブル崩壊が起きれば、なけなしの貯金を株式投資していた中産階級の経済破綻も引き起こします。
「和諧社会」の実現とは、「貧富の格差を是正し、バブルをはじけさせずに軟着陸させる」と言い換えることができます。中国各地に掲げられたスローガンは胡錦濤政権の決意を物語っています。
中国では日本の60年代から70年代にかけての高度経済成長と90年代のバブル経済が同時に進行している様相です。高度経済成長はバブル崩壊による打撃を和らげる作用があります。中国経済の先行きから目が離せません。
つづく
写真上:林立するマンション群(広州東駅付近)
写真下:巨大な政治スローガンの塔