真夏の華北は連日の猛暑です。中国出張を控えて日本で追い込みの仕事をこなしてから、休みなしに中国に入りますと、机の上に貯まった一か月分の書類をこなすだけでも精根が尽きます。
40℃近い屋外で設備点検に立ち会ったり、夜の営業で深酒と睡眠不足を続けますと、体力勝負の世界に突入です。昔は体力には自信があったのですが・・・。
1.機内での異変
午後の広州に向かうフライト。機内食を食べてうたた寝をすると、胃に脈打つような鈍い痛みで目が覚めました。明日は重要商談です。不安が頭をよぎります。迎えのクルマに乗ってピースでタバコの禁断症状を癒しながらホテルへ。部屋に入るなり便所に駆け込むと、少し楽になりました。しかし、まだ不快感が残ります。
そのまま床に就きましたが、1時間おきに胃から十二指腸にかけて痛みが射し込んで目が覚めます。私の経験上、夏バテが原因のようです。
2.商談を乗り切る
朝7時に起床。Eメールを開くと、北京の日本人専門の診療所から天津日本人会の会員宛に案内が来ていました。広州の後は北京での商談を控えています。
本日商談を終えてから広州の病院に行くべきか、明日北京に行ってからにすべきか悩んでいましたが、これで踏ん切りがつきました。
朝食を食べる元気はなく、非常用に鞄に入れているナッツの類を少々と白湯を飲んで出動です。鏡をのぞくと、睡眠不足の目に元気はありませんが、何とか人前に出られる顔です。
商談を終え、正午前にホテルに帰還。少し食欲が出てきました。ホテルのレストランでは昼食に粥のメニューはありません。やむなくラーメンを食べましたが、中国のものは日本のうどんのように油がありませんので、それが救いです。部屋に戻って横になります。
午後には商談の結果を踏まえて天津の会社に指示を出さねばなりません。こちらから電話をするまでもなく、早々に天津から電話が入りました。
手早く指示を出し、机に向かってそれを書面にまとめます。午後4時には長い指示書を打ち終え、送信。そのまま眠りに就きました。痛みは断続的に続きます。
3.限界への挑戦
翌日、昼過ぎに北京に到着しました。痛む位置が少し下に移動し、差し込みが起きる間隔が長くなりましたが、3時間のフライトでタバコの禁断症状が加わっています。一服する時間を惜しんでタクシー行列に並びました。我慢の限界が近づいたとき、私の番が回ってきました。
「タバコは吸えますか?」
「あかん!」
そのタクシーは後ろの人に譲り、次のタクシーで尋ねます。それもダメです。そして次ぎ、次ぎ、と計4台。全て結果は同じです。5台目のタクシーでやっと喫煙を許されました。ところが乗り込むなり、
「200元なら行ったる」苦しそうな顔をしている私の足許を見ています。
「もうええ!」降りました。やはり北京空港ではタクシーを拾うべきではありません。
4.残された手段
空港バスで市内に入り、タクシーに乗り継ぐしか方法がありません。タバコを一服だけ吸って、バスに乗り込みました。痛みをこらえてじりじりと待つ私を尻目に、なかなか発車しません。
20分後に発車、三環路の「亮馬橋」に着いたのが既に2時半、昼寝で止まっていたタクシーを拾いました。
「どこや?」眠そうな顔。
「東三環路の南端、新築の首都図書館の隣です」
「おまえ、知っとるんやろな」ぞんざいな言い方です。
「知ってます」
三環路を南に真っ直ぐ10分走ると巨大な図書館が道の東側に見えましたが既に高架に乗っています。行き過ぎです。私は腹が立ってきました。
「図書館が見えたやろ、その隣って言うてるのになんで高架に乗るねん!」
「・・・」彼は答えません。さっきまで「どこから来た?」とか、「どこのタバコや?」とか無駄口をたたいていたのに。
おっさんは、よそ者と見て遠回りしているのです。おまけにこの暑さでもエアコンを入れてくれませんが、気兼ねなくタバコを吸えるというものです。
北京人は、世界の中心「中国」の「首都」に住むことを誇りにしています。それがよそ者に対する態度に現れます。
私のように外国人であったとしても中国語を話す黄色人は、それが完璧な北京訛りでない限り「中国の田舎者」扱いです。苛立ちと共に痛みが戻ってきました。
5.到着
「症状を説明して、その前に保険がきくかを尋ねて・・・」色々考えながら、おそるおそる中国語で始めました。
「ニーハオ、私は天津日本人会の会員で・・・」
「日本語でどうぞ。だいじょうぶですよ」と、可愛らしい受付嬢。拍子抜けです。日本語が通じます。優しい顔をしています。親切そうです。異国で発症してから40時間、ここまで耐えてきた緊張の糸が緩むのを感じました。
中国人女性と結婚する日本人男性の気持ちが垣間見えた気がしました。
そして、一番気にかかっていた質問です。
「幾らくらいかかりますか」
「千元ほどです。保険証ありますか」
「はい」と日本の健康保険カードを出しました。ついでに天津日本人会カードも出しました。何れもここでは役に立ちませんでしたが、花のような笑顔で返してくれました。
6.診察
「頭痛ですか。どんなふうに痛みますか」
「エッ!、腹痛なんですけど!」私が問診票を書き間違えたのでした。
「あのう、ひょっとして、頭痛と腹痛を書き間違えたことで、先生のご専門と違って、何か不都合なことがないでしょうか」あくまでも丁重に、おそるおそる尋ねてみました。
「そんなことはありません。医師は私と産婦人科担当の者と二人しかいませんから、何れにせよ私が診ます」
結局、抗生物質をもらって千元払って、ホテルにチェックイン。抗生物質さえあればこちらのもの、薬を飲んで休んで、翌日の商談を兼ねた食事を無事に乗り切ることができました。健康って本当にいいもんですね。
つづく