今日、遅いめの昼食をとったこの店が手近なので、夕食にも続けてやってきました。昼間と同じテーブルに新聞がのったままです。平日の夕方で、客が入っていません。
変わり映えしない料理一品と餃子、それに灰皿をたのみます。濡れた皿を紙ナプキンで拭きながら、先に運ばれてきたビールを一口。安ビール特有の、草いきれのようなホップの風味がします。
二階には客が入っているようですが、暇なのか汚れた白衣の調理人が二人出てきて、空きテーブルの席にどっかりと腰掛けました。一人はタバコをに火を付けて新聞を読み始めました。もう一人はテーブルに顔を伏せて居眠りです。
「できたぞー! 早く、早く!」調理場からウェイトレスに声が掛かります。
取り立てて腹が減っている訳でもなく、一人では間が持ちません。料理を一口つまんで、タバコに火を付けました。こんなところで食事している自分に侘びしさがこみ上げてきます。
BGMがかかりました。テレサ・テンです。懐かしの「夜来香」。私の好きな曲です。台湾を思い出し、やがて「中国に居るんやなあ」と、しみじみ実感が湧いてきます。
日中間を毎月往復できる私はともかく、こういう環境が続くと結構ストレスが貯まります。たまには国賓待遇を味わってみたいものです。エッ!そんなこと、できるはずがないって?
お任せ下さい。中国では「何でもあり」なのです。
1.北京の迎賓館
1959年、国賓を迎える施設として中国政府が威信をかけて建設したのが釣魚台国賓館です。「釣魚台(ちょうぎょだい)」の言われは、金の六代皇帝章宗(在位1190~1208年)が台を築き釣りを楽しんだことにあるそうです。
釣魚台国賓館は中央の広い池と、その周りを取り囲むように配置された幾つもの建物で構成されています。その一つが養源斎、国賓に最高の食事を提供するレストランです。
2.養源斎
「一度そんなところで食事をしてみたい。でも、庶民に生まれたからにはかなわぬこと・・・」
そんな夢がかなう日がやってきました。実は多くの公的機関同様、一般客向けにも開放しているのです。表は「国賓館」、裏は食事と宿泊を提供する「旅行社」です。
時には表裏が逆転します。因みに、上海にも西郊賓館というのがあり、同じシステムで運営されています。何れも外国人を主体に、「特別に」受け入れています。
門を入ると左手に素晴らしい中庭。太湖で採れる珍しい岩(太湖石)を水が伝い、みずみずしい植え込みの緑がライトアップされています。右手には真っ赤な宮殿風の建物。緑と赤の対比が鮮やかです。
建物の扉の上には立派な額が掛かっています。「養源斎」と読めます。中に一歩入ります。何と!、そこはド肝を抜く赤と金の世界です。柱と梁は深紅、それに金色と極彩色の装飾が施されています。壁には黄色の絹布がはられています。
「黄」は「皇」と同音、皇帝だけに許された色です。絹が放つ柔らかな光沢が空気に満ちています。陶酔の世界です。
3.晩餐の始まり
最初にパンのサービス、ナイフとフォークで食べる西洋料理のスタイルです。柄のない厚手のどっしりしたグラスにワインが注がれます。
前菜に始まり、順に一人前ずつ皿に盛られた料理が運ばれます。中華料理が主ですが、羊の骨付き肉のローストのように全く西洋風のものもあります。ワインを飲めば、脇に控えた給仕が音もなく近づき、すかさず注ぎ足してくれます。
圧倒的な雰囲気に気おされながら、料理を堪能します。会話も自然と小声になります。
4.感動の次は
イカの子のスープは塩加減を間違えたようです。料理の合間、4種類運ばれた点心は本場広東のものには到底及びません。落としても割れる心配がなさそうな厚手のグラスは、味覚を引き立てるには難があります。
カボチャの暖かいデザートはパス、すると最後のフルーツも自動的にパスされてしまいました。
壁の絹が汚れるとかで、デザートが運ばれても禁煙(注)。たばこはトイレの脇に吸いに行きます。トイレが壊れて床に水があふれています。
注:通常の正餐では、デザートが運ばれるとテーブルでの喫煙が許されます。
5.もう一つの養源斎
これはあくまでも私の想像ですが、国賓用には別の「養源斎」があるに違いありません。何れにせよ、円貨を持つ我々にとって手頃な価格で「国賓の雰囲気」を味わえる魅力は捨てがたいものがあります。
因みに釣魚台では「国賓の泊まる部屋」に宿泊もできます。もちろん、「特別に」。
つづく