清酒は米で造られます。戦中の食糧難の時代以来、アルコールと糖類で増量する堕落した多くの日本の酒造りと違い、我々は純米吟醸酒だけを造ります。質の高い米の安定供給が我々の最大の関心事です。
先日も新しい供給元を探しに出かけました。
1.状況把握
名刺を渡しても皆さんそろって見もせずにポケットにしまい、自分の名刺もくれません。国有企業らしい情景です。とりあえず自己紹介に続き、質問開始です。
「ここで栽培されているのは、どういう品種ですか。」
「硬質大米です。」
大米とは水稲を表す中国語です。硬質の米と言っているだけで、答えになっていません。知りたいことは、何度も繰り返し質問しなければなりません。
「ここでは無洗米を加工しています。」
「何時頃から始めましたか。」
「この技術は湖北省のメーカーの技術で、十年前からです。」
同行の米商社の人によりますと、持ち帰り弁当店や外食産業で、洗う手間と時間、洗米排水の問題を解決するために、数年前に日本で始まったものだそうです。
「では精米現場に案内しましょう。」
そこにあったのは、表面の糠を飛ばす設備ではなく、異物や着色粒を取り除く色彩選別機でした。
2.時間の浪費
三時半に目的を終えて帰ろうとする我々を引き留めて、「是非夕食を食べていって下さい」。固辞する我々に、「もう五時にテーブルを予約しました」。
約束の五時になりましたが、政治幹部が同席するので、その人の会議が終わるまで待たなければならないそうです。我々は政治幹部に用はありませんが、皆さんは幹部と同席することが関心事のようです。
3.歓迎の席
「お二人を歓迎します。」六時を過ぎて、その幹部の挨拶が始まりました。
我々一行は四人です。日本人だけを歓迎するというのも変です。文革世代の同幹部は、いまだに外国人と中国人という対立関係で捉えているようです。更に続けて、
「この地域の水田は、あなた方の皇軍が開拓しました。」
東北であれば日本からの入植農民が、河北であれば日本の国策会社が開墾したものです。侵略に伴う軍事行動と直接関係がないことは調査済みです。由来はともあれ、現在はその米により地域経済が成り立ち、我々はそれを買いに来た客、穏当な発言ではありません。
4.乾杯
幹部の秘書役が白酒(雑穀で造った中国の焼酎)を注文しています。
「白酒は飲みません。今日はこの地域で採れた米で清酒を造って持ってきました。それを飲みましょう。」
私は欧米人の様に、はっきり言い放ちました。幹部は、自分たちが招いた席にもかかわらず北方の宴席に付き物の白酒を断られたことに驚きを隠せません。しかし米作地帯のここでは雑穀は栽培していませんから、よそで造られた白酒で乾杯する道理が乏しいことに気付いたのでしょう、結局清酒で乾杯と相成りました。もっとも、中には幹部の顔色を見て白酒で乾杯している人もいます。
5.決まり文句
「投資を歓迎します。」宴が盛り上がった頃合を見計らっての発言です。
投資を求めるのは何処も同じ、社会主義市場経済の意味を理解していない幹部が治めている地域に投資したら、苦労するのは目に見えています。我々の近くの開発区でさえも中国最大の通信機器メーカーと即席麺メーカーが相次いで移転と事業縮小を打ち出したばかりです。
6.帰り道
疲れ切った我々を乗せたクルマは帰路につきました。幹線道路では沢山のトラックが荷を満載して往来しています。ナンバープレートを見ると、地元のもの以外に、北方各地のものが混じっています。改革開放経済の進展で、こんなにも物流が盛んになったのです。時代に取り残されたこの地が、この流れの中に入っていくのは何時のことか、溜息をつきながら考えました。
つづく