「北京ダックは知ってるけど、天津ダックて、何のこっちゃ。」「それって食べられるの?」 今回は、この疑問にお応えし、この中国有名料理、烤鸭(カオヤー)を紹介することに致しました。
1.チェーン店「全聚徳」
北京ダックと言えば、全聚徳(ぜんじゅとく)が有名です。北京市内をクルマでまわると一番頻繁に目に付くのがこの店です。天津や日本にも支店があり、まだ増え続けています。
これは余談ですが、北京で一番多く、かつ増殖を続けているのは、フランスや日本の関西地方で「マクド」、関東地方では「マック」と呼ばれているアメリカ系のハンバーガーチェーン店です。私が見る限り、今世紀中に北京は、全聚徳とマクドナルドの街になりそうです。
2.全聚徳で食べる
さて、全聚徳の本店は、天安門広場の南側、前門と呼ばれる所にあります。路から少し入ったところに入口があります。来ている客の半分以上、場合によっては8割方が外国人です。入口から見て左手奥が厨房で、吊したダックを薪で焼いています。
前菜としてダックの水掻きの和え物、キュウリの酢漬け、それから暖かい料理、肝の炒め煮など幾種類かに満足した頃、いよいよダックの登場です。こんがり焼けたアヒルちゃんが、台車に載せられテーブルの脇まで運ばれてきました。
調理人はテーブルに向かって器用に、皮に少し身を付けて削いでいきます。皿に3層程度に並べ、最後に頭を半分に割って脇に盛り、テーブルへ。
さっそく箸をつけます。一切れ取って味噌を付け、春餅(チュンピン)と呼ばれる薄焼きの丸い麺(粉で作られたものは、ラーメンの様に細く伸ばそうが、固まりであろうが、はたまた蒸そうが、ゆがこうが、揚げようが全て麺と言います)に載せ、白ネギと共に包み込みます。
食べてみます。パリパリに固く、濃い飴色に焼けた香ばしい皮が春餅の中に個性を主張し、かむ程に味噌とネギと渾然一体となり、味わいが口一杯に広がります。これが本物、夢にまで見た本場の北京ダック、中国文化の精華、中国四千年の歴史、食文化の一つの到達点・・・熱い感動が脈打つのを感じます。
こういうのが、だいたい標準的な感動のパターンと云えるでしょう。
3.天津烤鸭店
実は、天津にも同様の料理があります。詳しい事は知りませんが、北京で評判を取った料理を天津でも売り出したのでしょう。何軒かあるようですが、天津市民なら誰でも知っている天津烤鸭店が最も有名です。
この店は、毛沢東がわざわざ北京からやって来て食べたというのが自慢で、というより天津市民の自慢でもあり、或いは天津の誇りとまで言えるかもしれません。
4.店に入る
私は、二年半前、本店が改装工事中で休んでいた時、天津市政府の建物に程近い、その分店に行ったのが最初です。
隣が市場で、人と駐輪自転車だらけ、道路はゴミが散乱しています。店に入ると3階に案内されます。
床が油でずるずるに汚れています。椅子は取りあえず座れるというだけのパイプ椅子に毛の生えたようなもの、テーブルは形ばかりの合板性、灰色に変色したテーブルクロス、その上にベアリングがいかれたガラスの回転台がのっています。
既に並べられたグラスも皿も、縁が欠けており、持ってきてもらった厚いガラスの灰皿までギトギトに欠けています。目を壁に転じると、そこには、何十年か前の毛沢東が店に来た時の白黒写真をパネルにして掛けててあります。
一緒に行った天津の友人達は、毛沢東がわざわざ食べに来るくらい美味しいことなどを説明しながら、料理を頼んでくれました。私は、「毛沢東は一回来ただけなんでしょう。」と冗談めかして言ってみましたが、皆の自信は変わりません。
5.食べる
料理が来ました。先ず前菜に取った羅漢肚(ルオハントゥ:羅漢のはらわたという意味)という冷菜、これは豚の内蔵をゼラチンで固めたものを薄くスライスしてあります。
ここの名物とか、歯ごたえがあってなかなかいけます。又、山菜の西洋カラシ和え、これも目新しく、日本人の味覚に合っています。ゆでた赤貝の和え物、イカとダックの肝の炒め物など実にあっさりした味付けで、素材の持ち味が生きています。
いよいよダックが来ました。先ず、味噌をつけずにそのまま口にほおばりました。皮が柔らかです。適度に脂肪がおちてゼラチン化した皮とその下の柔らかく厚めの肉、極めてジューシーです。噛んでみます。口に自然な肉の甘みが広がります。
北京ダックが、パリパリの皮に特色があり、皮を食べている感じであるのに対し、こちらはひと味もふた味も違います。
結局、私は天津ダックにハマッてしまいました。
6.もう一つの北京ダック
全聚徳は、外人客相手ということもあるのでしょう、価格が高いのが難点です。ある時、中国滞在が長い方から、北京のもう一つの有名店を教えてもらいました。便宜坊烤鸭店です。
「便宜」には、便利という意味の他に、安いという意味があります(日本でも「(リベリアの)便宜置籍船」といった場合に使います)。即ち、そのものズバリ、安いダック店です。
行ってみますと、外人が来ていません。味付けも、昔ながらの北京流、塩辛い・醤油辛い・色目も悪い、と三拍子そろい、これぞ北京料理というものが出てきて感動です。ダックは、蒸し焼きにしているとか、食感は全聚徳と天津烤鸭店の中間といった感じです。
それからというもの、北京で御客様と食事をするときは、ここを選ぶようになりました。その時は、思いきり通ぶって、「これがねえ、北京の味ですよ。ここは外人客も来ませんし、地元の、これが本物ですがな。」
その時です。後ろに人混みの気配を感じて振り返りました。な、なんと、そこには、外人の団体客がぞろぞろと二階の席に上がっていくではありませんか。
面子まるつぶれでしたが、何れにせよ、どの店も現在観光ガイドに載っているはず、一度お試しあれ。
つづく