私の乗ったタクシーは、とろとろと加速しながら前のトラックに無理な追い越しをかけていきます。正面からは、対向車が迫ってきます。徐々に速度を上げながらトラックの先端に間もなく達します。
対向車はもう目の前です。追い越しは無理です。ブレーキを踏んで速度を落とし、トラックの後ろに戻るべきです。しかし運転手は、対向車に譲る気持ちはありません。そのまま加速を続けます。助手席の私は思わず床に足を踏ん張ります。その時です。
対向車が速度を緩めました。対向車の負けです。こちらは間一髪で、トラックの鼻先に割り込むことができました。運転手は事も無げに運転を続けていきます。
中国では見慣れた光景ですが、旅行で来られた方は、「よくこれで事故が起きないものだ。」と感心されます。しかしそうではありません。事故は日常茶飯事なのです。特にクルマと自転車の事故が件数では突出しています。
弊社の工場から天津市街まで20km足らずですが、クルマと自転車が不自然な位置で停まって、回りを野次馬が取り囲むといった光景が毎回の様に見られます。
今回は、交通事故が多い原因について考えてみました。
1.道路の問題
先ず、自転車が多い事から来る、道路の構造上の問題が挙げられます。 日本では、右・左折の時に車道の端に寄る事が義務づけられています。特に左折時は、道の端に寄って自転車やバイクの入る余地を無くし、巻き込み事故を防止しています。
ところが中国の大都市では、道路の両側は、自転車用の区分が設けられている事が多く、自転車分の余地を残さざるを得ない事から、必然的に巻き込みの危険が増大します。
2.譲らない人々
歩行者も自転車も、クルマに譲る気持ちは毛頭ないし、クルマも譲るつもりはありません。クルマどうしも文頭の例の如しです。必然的に早い者勝ちの弱肉強食の世界と化します。
踏切の遮断機が降りている場合なども異様な光景が見られます。対向車線側も全てクルマが埋まるのです。遮断機が上がると両側から用意ドンの陣取り競争です。一台でも通過できる余地を残した方が負けです。
負けた方は、対向車が踏切を通過して通る余地ができるまで、線路の上を先頭に長い列を作って待たざるを得ません。そこに自転車と人の通行が花を添えます。
3.勇敢な人々
中国の人々は勇敢です。クルマを恐れません。
クルマが方向指示機を出していても曲がる側の隙間を自転車や人がすり抜けます。客観的にクルマがいざ発進すると見て取れる場合でもその直前を横切ります。
道路を横断する場合は、手前のクルマの流れを横切って、道路の中央までいき、それから反対の流れの隙間を縫って道路の向こう側に渡ります。信号を守る人は少数派ですし、横断歩道も整備されていませんので、ところ構わず渡ります。
歩行者の場合は、高さ1m以上もある道路の中央分離の柵を乗り越えることもいといません。
4.基本動作の問題
運転には、発進・停止の基本動作というものがあります。止まる時であれば、先ずブレーキを踏み、クラッチを切って停止。その後サイドブレーキを引いてからギアをニュートラルにしてクラッチ、ブレーキの順で離します。
この停止直後のサイドブレーキが、一番重要です。先ずサイドブレーキを引いて安全を確保するのです。そうしておけば、不意にアクセルを踏もうとも前に出ません。私の見る限り、この通り実行している人はいません。
エンジンを始動する時には、クラッチを切るはずですが、これもあまり実行されていません。
ギアをニュートラルにし忘れている場合、サイドブレーキをはずしてからエンジンをかける習慣と相まって、スターターモーターを始動させるだけで前にクルマが飛び出してしまいます。
5.走行時の問題
これは元トラック運転手からのネタですが、下り坂でエンジンブレーキを使わないらしいのです。天津のまわりは見渡す限りの大平原、坂は見あたりません。これが原因かもしれません。
天津から青島に行く道も、ひたすら平坦ですが、青島は、海に面した町ですから、最後に緩やかな一直線の坂が続きます。案の定、そんなところでも頻繁にトラックが横転しています。 又、コーナリングの方法も首をかしげます。
ギアを落として徐々にアクセルを開けて加速しながらコーナーを抜けるのが安全かつ正しい方法なのですが、トップギアのままコーナーに入っていきブレーキだけに頼って曲がっていきます。案の定、冬場のアイスバーンでは事故が相次ぎます。
中国に暮らす者にとってクルマは必需品、毎日の現実問題です。安全対策としてできることは、自分の乗る車の運転手の安全教育とシートベルトの着用しか無いのが実情です。
タクシーは後部座席にシートベルトが付いていません。前に乗ってシートベルトを締めてみました。たぶん今まで使ったことがないのでしょう、ベルトに沿って服が汚れてしまいました。
「汚いなあ。」
「あんたが勝手にしめたんやろ。」
そうです、悪いのは私です。やはり後ろの座席に座って前方を注視しながら無事を祈るしかないのでした。
つづく