1.選択の意味
海外でお仕事をされた方なら、理解していただけると思いますが、異文化の中では、ただでさえ言葉の問題があり意思疎通に苦労するのに、その上、環境が異なり仕事の進め方や考え方も違う、習慣も違うということで疲労感は国内の出張旅行とは比べものにならない程となります。
そこで、休息の場としてのホテルの選択が重要となるのです。
2.一般的な情況
一日の仕事を終え、身も心もくたくたになってホテルに帰ってくるのです。やっと部屋にたどり着いても、暖房が切れている、夏ならばエアコンが故障しているとなれば、そこで疲れがどっと出てしまいます。
バスルームに入っても、お湯の蛇口からは、いつまで経っても水しかでない、便器の中には流れそうもない厚手の紙屑が捨ててあるなど、忍耐の限界に近づいて行きます。
その上、ロビーに座っていると、従業員が足で雑巾がけ、ドアも足で開けるのが気になり始めます。こうなると、中国に居る不幸を嘆くべきか、はたまた日本人に生まれた事を嘆くべきか・・・・。
中国でも最近は外資系ホテルが増え、望みさえすれば先進国の水準を満たした環境を容易に得られます。
4つ星級以上のホテルは、ほぼ間違いなく問題は無く、又意外にも2つ星であっても一定の水準を満たすところもあります。
しかし、私のように頻繁に中国国内を旅する者にとっては、選ぶ時間の問題や、経費の問題もあり手近なホテルに泊まる事もあります。今回は、そんな経験の中から幾つか御紹介しましょう。
3.ケースA 水の都……天津編
天津は、北京の外港、市街の中央を海河と呼ばれる大きな河が流れ、以前は「はしけ」のみならず、多少大きな船も行き来していたと言います。川縁の公園では散策を楽しむ人々や釣りをする人々が絶えず、水の都の風情があります。
ところで、旅慣れた人は、荷物が少ないといいます。私も長年の経験から、幾ら長い出張でも下着やカッターシャツの換えは2日分しか持ちません。ホテルでクリーニングに出すか、肌着などは洗面器で手洗いします。
天津で問題になるのは水質です。源流そのものは北京同様、山から流れ出る渓流が起源なのですが、水道管の質の問題でしょうか、他の都市に比べてかなりひどいようです。
蛇口をひねる度に驚くほど真っ赤な水が出ます。多少流したところで、本管からホテル内の枝管に至るまで鉄管の質がひどいのでしょう、継続的にやや色のついた水が出るのです。従って、この水で洗濯すれば、肌着など色の白いものは一回でクリーム色に変色します。
ちなみに中国では生水は飲めません。弊社の濾過設備のフィルターには青い藻が生えるくらいですから、上水道と言ってもどんな水が流れているか、想像すると生活に支障が生じます。絶対に生水は飲まないで下さい。
4.ケースB 経済開発区……大連編
大連は、早々と外資導入が進み、従来の市街の対岸には広大な経済開発区が広がっています。その中心に近い繁華街に宿をとりました。開発区ができた時期からして、建物は築後10年程度のはずですが、例に漏れず築50年の風格です。
バスルームに入ります。洗面器の隙間から水が漏れ、床は、排水溝に向かって傾斜していませんので、床はいつも水浸しです。
又、水洗便所の水が流れません。レバーとタンクの底の栓とのリンケージがはずれているのです。夜に修理を頼んでもやってくれる人はいませんし、部屋を代わっても同じ情況であることを前にも泊まって知っていたので、仕方なくタンクの蓋を開け、手を突っ込んで底の栓を開けるのです。
何度も蓋を開けるのが面倒なのではずしたまま、壁に立てかけておきました。翌朝、ドアを勢いよく閉めた時にその蓋が倒れて割れてしまいました。
結果、便器代を取られ、高いものにつきました。
5.ケースC 魔都……上海編
中国一の大都会、上海には、多くのホテルがあり、選択の幅は充分あります。しかし、借りている営業倉庫に近いと言う事で、外灘(バンド)の対岸に宿をとっていました。
何度か泊まって気に入っていたのですが、ある夜のことです。別の部屋に泊まった営業マンが興奮した声で電話をかけて来ました。
「上のフロアーで今撃ち合いをやっていますので、社長は部屋に鍵をかけて一歩も部屋を出てはいけません。」というのです。
その後、何も起きなかったので、そのまま寝てしまいました。と、ドアをどんどんたたく音で目が覚めました。部屋のドアを開けろと叫んでいます。開けないでいると、女性従業員が、
「公安が要求していますので今からドアを開けます」
と言って合い鍵でガチャリとドアを開けました。時間は朝方の4時です。男が4人部屋になだれ込むなり、身分証を要求しました。全員拳銃を携帯しています。ここで抵抗するとやばいと直感し、肌着のままベッドから出てスーツのポケットからパスポートを出しました。それで、彼らは出ていきました。
銃撃犯人の捜索が続いていたのでしょう。彼らもお疲れですが、こちらもいい迷惑です。そういえば、天津でもホテルのロビーで拳銃をぶっ放す事件もありました。中国では拳銃の普及率が高いので、注意が必要です。
6.ケースD ヨーロッパの町並み……青島編
ドイツが租借していた為、ドイツ建築が並ぶ美しい港町、青島。緑の岡と海水浴ができる浜辺。旅のパンフレットを見れば赤い屋根瓦の建物が、ヨーロッパの風情をかき立て、一度住んでみたいと思うかもしれません。
しかし、一歩街に入れば否応なしに現実に引き戻されます。沿海諸都市の中では天津と甲乙つけがたい情況、と言えば御理解いただけるでしょうか。
そんなこととはつゆ知らず、弊社従業員と一緒に外人が宿泊する事を認められていないホテルにこっそり宿をとったのが失敗でした。ホテルは、白壁の十階建て以上の新築と見まがうばかりの外観でした。
しかし、部屋に入ると何か湿気ています。カーペットがベトベトです。ともかくお茶でも飲もうとポットを傾けて原因が解りました。ポットが壊れてお湯が漏るのです。この部屋に泊まる外国人はいませんから、カーペットが腐るとか、部屋が湿気るなどと言うことは気にするはずもありません。
又、ホテルの従業員が水浸しのカーペットからその原因を究明しようなどという努力をするはずもありません。かくして部屋は湿気続け、何れカーペットのみならずソファー、内装がボロボロになるという訳です。
窓から景色でも見ようと窓を開けました。開口部が低いにも拘わらす、柵がありません。ちょっとした不注意で地面にまっ逆さまです。首だけ出して下を見下ろすと歩道はゴミで埋まっており、派手な化粧の街娼がホテルの前を行き来しています。
くたくたに疲れていた私は、横になる事にしました。ベッドのカバーをめくると、灰色に変色し、皺だらけのじっとりと湿気たシーツが・・・・。でも選択の余地はありません。一晩、その上で過ごしました。
しかし、町の南側は海岸に沿って古い町並みとは何の脈絡もなく近代的な町並みが続きます。商社等のオフィスや外資系のホテルが集中している地区です。やはりここに宿をとるのが正解だったようです。
7.結論
水と安全、それに清潔は、対価を払って手に入れるものです。ゆめゆめお忘れ無きよう。
つづく