1.事件
私は、天津では会社の事務所の上の客室に寝泊まりしています。テレビもエアコンも無いのですが、住めば都、部屋に入ればホッとします。
さて、上海出張から帰ってビールでも飲もうと (清酒メーカーで在りながら、失礼) 冷蔵庫を開けてビックリ。中は霜が成長した氷で埋まっていたのでした。ドアが ちゃんと閉まっていなかったのです。二週間前に部屋を出るときは閉まっていたはず、だれかが開けたのか…。
冷凍室を開けて原因がわかりました。冷凍室も 同様に氷が厚く張り付いていたのですが、その中に冷やして在るグラスが一つ足りないのです。他に無くなった物はないか、調べてみると新品のハンドタオル、蚊取り線香の中身が何巻か無くなっているのです。それより高価な家電用変圧器、ネクタイや 化粧品、目覚まし時計、新品の作業服等は無くなっていないのです。
2.傍証
その1
もう20年近くも前の事です。中国語の先生が例を挙げて中国社会に於ける他人の物と自分の物の区別意識の希薄さを話された事を思い出しました。
北京の大学で教鞭 を取っておられた時、ホテル住まいで昼間用ができてホテルの部屋に戻ると中で従業員が昼寝していると言うのです。
先生の解説では、社会主義社会では基本的に全ての物が国有化されているので、全ての物が国の物、即ち人民の物、と言うことは自分の物。従って、ホテルの部屋も仮に部屋代を払っている人がいてもその人が居ない間は勝手に使用できるという理屈。
後に私も潮州で同じ経験をする事になりました。
その2
十年前の事。私は短期の語学研修で北京に居たのですが、学校が手配してくれた旅行で避暑地の承徳に列車で行った時の事。
我々の指定席に先に座った人が、我々の引 率の先生が何度注意しても、権利もないのに居座り続けてどかないのです。
結局、車掌が来るまでの一時間、彼等は粘っていたのでした。
その3
私が現在の仕事をするようになってからでも、傘を貸せば「よそに置き忘れてきたので、無くなりました。」で終わり。モンブランのボールペンを貸したら、借りた事 さえ忘れている始末。トラックから荷物が落ちれば拾った者の物になるらしく、歩行者がわっとやってきて蜘蛛の子を散らすように消えていき、それを見ている警官も全 く気にしていない様子です。
3.結論
と言うことで、私の部屋の物を持っていった人も全然悪気などなく、単に喉が渇いたからグラスが必要になったのでしょうし、汗をかいたからタオル、蚊がいたから蚊取線香を持っていったのでしょう。これは中国社会に於ける習慣とも言えるレベル の話なのでしょう。
中国の人は鍵束を腰にぶらさげて歩きます。冷蔵庫や電話にまで鍵がついている位ですから一人十個ではききません。他人の物と自分の物の区別が希薄な社会に急に市場経済が導入され個人の物を守る必要が生じたからでしょうか。一説によれば戦前から鍵束を持ち歩く習慣があったとも聞きますし、鍵は富の象徴なのでしょうか。
近代市民主義社会に始まる排他的所有権の概念が根付き始めたと信じたいものです。