中谷酒造株式会社HOME会社紹介天津中谷酒造有限公司

天津中谷酒造有限公司

概要
名称 天津中谷酒造有限公司
所在地 中華人民共和国天津市東麗経済開発区二緯路
代表者(董事長) 中谷正人
電話 022‐2499‐1092
FAX 022‐2499‐3364
資本金 13,358万円
従業員数 50人
歴史
1995年1月 設立。
同年12月 初仕込み。
1996年2月 しぼりたて生酒発売開始。
同年3月 清酒「朝香」発売開始。
同年4月 大連販売事務所開設。
同年7月 上海販売事務所開設。
1997年1月 日本へ原酒輸出開始。
1998年12月 酒米の輸出開始。
1999年11月 広州販売事務所開設。
2000年1月 北京販売事務所開設。
2009年 年間醸造量三千石(540KL)を達成。
2011年 資本金7000万円から13,358万円へ増資。
2012年 天津市北辰区に貯蔵工場購入。年産7千石(1,260KL)体制確立。
製造についてVOL.83,84「中国での清酒造り」)

米のルーツ:

天津のある河北には日本の国策会社が戦前に開拓した広大な水田が広がります。戦前の日本は人口が急激に増え、慢性的な食糧不足でしたから日本に輸出する 為に日本の米を栽培したのです。この水田は受け継がれ、今は中国の人々に美味しい米を供給しています。
ここでは化学肥料を使わず堆肥を用い、農薬の替わりに川蟹を放って除草します。秋になると米と蟹を収穫します。この米は、中国政府の有機食品規格「緑色 食品」の認定を受け、中央政府幹部の主食米としても提供されています。

米の適性:

米粒の外側には脂肪やタンパク質など澱粉以外の成分が多く含まれます。これらの成分は、食味を決める重要な要素ですが、酒にすると雑味の元となります。 そこで清酒に使う米は、米粒の回りを削り落として米の芯だけを使います。
特殊な竪型精米機を使って米を循環させながら表面を磨くように徐々に削り落とします。この精米過程で米粒が割れてしまいますと米が無駄になりますが、中 国の米は収穫後天日干しされますので、精米中に割れにくく酒造りに適したものとなっています。

水:

島国の日本では河川が短いので、流れる過程で水に溶け込むミネラルは多くありません。即ち軟水です。逆に大陸では、おのずと硬水になります。軟水の日 本では発酵を司る酵母菌の増殖に必要なナトリウム、カリウム、マグネシウムが不足する場合がありますので、それらを適度に補います。一方、中国では多す ぎるミネラルを取り除く必要があります。水処理技術の進歩・低コスト化により、本来難関であるはずの水問題を解決することができました。

技術:

酒造りの技は、杜氏と呼ばれる長を中心に酒造り職人によって受け継がれてきました。大衆酒であれば、機械化で済むものですが、我々が目指す純米吟醸酒のレベルの酒には正確な技術とそれを実現できる環境が必要です。中国には清酒造りの熟練技術者がいませんので、完全な数値管理とマニュアル化を行うことにしました。又、設備もセンサーで数値管理のできる最新のものを選びました。
精米機は、米の質に合わせてプログラムを選び、強さを加減しながら昼夜を問わず自動運転を行えるものです。これにより、大吟醸用の米を3昼夜かけて35%まで確実に、かつ最適の状態で磨けるようになりました。
又、米を蒸す前には米に水を吸わせます。蒸し上がりの米の状態を均質にするには蒸し条件と時間を一定にすること、蒸す前の米の吸水量を一定にすること、この2点が必要です。先ず、吸水前の白米の水分含有量を計測し、標準値との差を補正した上で正確に、例えば麹にする米には28%だけ、水を吸わせます。気温、水温、風の有無など条件を変えたデータを参考に近似値を割り出し吸水試験を行います。何分何十秒と結果が出れば、その通りの時間だけ水に漬けます。
麹作りも、発酵管理も、すべて数値管理し、それをマニュアルに従って処理します。こうして、海外で清酒を造る蔵で唯一「均質な純米吟醸酒を継続的に造れる蔵」が出来上がりました。

販売について
天津中谷酒造で醸造した清酒には、「朝香 ASAKA」のブランドを使っています。
「朝香」は、明治時代頃から中谷酒造で使われた商標ですが、あまり使われなくなっていましたので、これを中国産の清酒に使うことにしました。
「朝香」は精米歩合により、3種類に別れます。
 精米歩合39% 純米大吟醸
 精米歩合60% 純米吟醸
 精米歩合69% 純米
これ以外に精米歩合34%純米大吟醸「極」(きわみ)があります。
「朝香」は、中国ほぼ全域の日本料理店の約半分にてお召し上がりいただけます。
純米吟醸原酒の一部は、日本の中谷酒造に輸出し、日本で瓶詰めしています。
通信販売や日本全国に展開するケーエルシー加盟酒販店にてお求めいただけます。
位置
天津は、北京の外港として発展した街です。戦前、天津は列強各国の租界が置かれ、上海(若社長の中国日記VOL.58「上海に想う」)に次ぐ国際都市として発展しました(若社長の中国日記VOL.96「天津を知る」)。今日、北京とは高速道路で2時間、快速列車で30分で結ばれています。
天津中谷酒造のある東麗経済開発区は天津空港とは津塘公路を隔てて接するほどの位置です。空港からクルマで15分です。
津塘公路は天津市内と天津新港を結ぶ産業道路です。西に走れば市内まで20kmを30分、東に走れば港まで60kmを50分で到着です。
又、公路と平行して軽軌鉄道が走っています。2013年には地下鉄と結ばれ、更に便利になります。

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